蝶「すべての人」に理解してもらう必要はないあなたは、自らの世界を予言することもできないし、予言者にも決してなれはしない。また、すべての人に理解してもらうことなど不可能なのである。にもかかわらず、常に他人に自分の立場を説明し、立証しなければならないと思っているとしたら、あなたはいまに犠牲者になってしまうだろう。あなたは自分自身のために何か事を起こすことができるし、またそのことを誰にも言う必要はない。それゆえ、富の配分においてより賢明なバランスをとる道を選択すれば、すべての面でわれわれの暮らしはよくなるといえるのである。社会を変えたいと望むのであれば、われわれは自ら新しいタイプの国民として生まれ変わらなければならない。われわれ自身を、〃システム“を外側から眺められる、ひときわ高い位置におかなければならない。国民であるわれわれこそが、経済マシンを支配できる段階にまで登りつめなければならない。そこはどんぶりの下を両手で包むようにして客の前に置く。「どうして、そういう持ち方をするのか」と尋ねたところ、「お客様が口にするどんぶりの縁に手をかけるのは失礼だ、と店長から言われています」と店員が答えた。言われてみれば、どんぶりの縁に親指をかけて運んでくるより、下を持っているほうが不潔感を感じなくてすむ。このように、「気がつく」というのは、基本的なことから始めることが大切なのだ。でも未来の一部は現在に姿を現している。それを見つければ、先の世の変化をつかむことができます。それに私たちは、「いま」というときにしか生きられないことも知っておく必要があると思います。過去、現在、未来、この三つの次元をとかく分けて考えがちですが、百年、千年生きても、私たちは過去にも未来にも行けないのです。だから、「いま」を大切にしなければならないということです。それがわかるまで、長い時聞がかかりましたよ。歴史は、私たちの生活の営みについて、長期的な視点から見た知識を、与えてくれるはずです。歴史は単なる技術の進化ではないのです。それは思考の進化なのです。前の時代の人の現実を理解することによって、私たちはなぜ、自分たちが世界を今見ているように見ているのか、さらに進歩するために自分に何ができるのかわかるのです。いうなれば、私たちが長い文明の発展段階の、どの地点にいるか見極めることができれば、これから私たちがどこへゆくか、わかるのです彼は少し黙ってから、つけ加えた。ずねた時、彼女はこう答える。「そうしないといけないから。私の中身がこぼれ落ちないようにだよ」この、ほとんど哲学的ともいえるジェイディの答には、下手に「苦しい辛いーと泣き叫ぶよりもっと切羽詰まった彼女の心の状態があらわれていて、読んでいて胸がしめつけられた。この世には、中身が全てこぼれおちてしまった子供もきっといるのだろう、と思った。ディの性的知識のひどいゆがみ方、それを知らないまま自分からそこに沈みこんでいってしまう病理、そして、彼女をつきうごかす怒りと憎しみ、子供だからこその素朴な表現が、彼女の中におきた恐怖の体験のおそろしさを端的に物語っているのではないか。ことに公明党が連立政権に参画し、結党以来初めて、大臣ポストを獲得したことから、マスコミが常、アドバルンとして上げていた〃日本支配の野望〃なる観測が、にわかに現実味を帯びてきた、という理由からであった。その攻撃の先兵となり、彼らの意志を代弁したのは、やはり一部週刊誌であった。法曹界の重鎮として入閣した、新法務大臣を名指ししてまで、「創価学会の回し者」呼ばわりしたのなどは、まず、その手始めであったろう。ちょうど正午に、突然、玄関のチャイムが鳴った。僕は寝巻きを着ていたし、起き上がるのがおっくうなので、玄関まで行きたくなかった。どうせまた何かの勧誘だろう。「圭ちゃん、圭ちゃん!」居留守を決めこんでいたら、ドアをノックしながら僕を呼ぶ声が聞こえた。どうやら母のようだ。僕はびっくりした。母はかなりの出無精で、僕の二十年近い一人暮らしの間、アパトまで訪ねてきたのは一度か二度しかなかった、と記憶している。